プロ入り後、着実に存在感を高めている六車日那乃(むぐるま・ひなの)プロ。
アマチュア時代から実力を発揮しながらも、プロテストでは何度も悔しい経験を重ね、5度目の挑戦で合格をつかみ取りました。
2026年9月のゴルフ5レディスでも初日から上位につけ、好スタートを切っています。
その粘り強さの背景には、幼い頃から支えてきた家族の存在や、父親の厳しくも愛情ある指導、そして現在の辻村明志コーチとの出会いがありました。
この記事では、六車日那乃プロの学歴や家族構成、父親・姉との関係、コーチ、プロテスト合格までの歩みについて紹介します。
六車日那乃のプロフィールとアマチュア時代
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千葉県柏市にある中高一貫校の麗澤(れいたく)中学校および麗澤高等学校の出身で、自宅の埼玉県から片道1時間半という距離を毎日通学していました。
中学・高校を通じて**特待生(特別奨学生)**として在籍しており、学業とゴルフの両面で非常に高い実力を持っていたことが伺えます。
中学・高校時代の実績と麗澤高校を選んだ理由
麗澤中学校・高等学校を選んだ理由として、長野未祈プロ、吉田優利プロ、西郷真央プロといった、当時から活躍していた先輩ゴルファーが在籍していたことが挙げられます。
特に吉田優利プロと西郷真央プロは現在もプロとして活躍しており、吉田優利プロは2025年からアメリカを主戦場としています。
また、吉田優利プロの妹である吉田鈴プロは、六車日那乃プロと同じく2024年プロテストに合格した同期です。
アマチュア時代には、数々の実績を残しています。
- 中学・高校時代:「関東ジュニアゴルフ選手権」で優勝。
- 高校時代:「全国高等学校ゴルフ選手権」で2位。
六車日那乃を支える「家族の絆」:父親と姉の存在
六車日那乃プロのゴルフ人生は、家族の存在なしには語れません。
特に、父親の熱心な指導と、姉との温かい関係が彼女の成長を支えてきました。
厳格ながら愛情深い父親の指導
六車日那乃プロがゴルフを始めたのは8歳の時で、教育熱心な父親の六車亮介さんの指導のもと、練習に明け暮れたと語られています。
亮介さんは非常に厳格な父親だったことで知られています。
例えば、夜の仕事に出る前に部屋が散らかっていると、夜中でも六車プロを起こして片付けをさせるほどだったといいます。
これは、「生活態度がだらしないとゴルフにも影響が出る」という亮介さんの信念に基づいていたと推測されます。
しかし、六車日那乃プロは父親への感謝の気持ちを度々述べています。
彼女は「基本的にはお父さんは好き。お父さんのおかげでここまでやってこれたと思うし、厳しいこともありがたい」と語っており、その厳しさの中に深い愛情があったことを示唆しています。
亮介さんも娘に対し、「目標を持ってケガをしないようにやってほしい。周りのひとが支えてくれて初めてできているという気持ちを忘れずにやってほしい」と期待を寄せています。
親友のような存在の姉・ゆきのさん
六車日那乃プロには、2歳年上の姉、ゆきのさんがいます。
幼い頃から習い事を姉と一緒に始めることが多く、バイオリンやクラシックバレエを習っていた経験があることから、彼女の実家が教育に熱心な家庭環境であったことが伺えます。
8歳の頃には、姉のゆきのさんと一緒にゴルフを始めました。
ゆきのさんはすぐにゴルフを辞めてしまいましたが、六車プロはゴルフを続けました。
性格や興味の違いはあれど、二人は非常に仲が良く、オフの日には「お姉ちゃんと一緒に出かける」と話すほど、親友のような関係を築いています。
六車日那乃のプロテスト合格までの道のり:恩師との出会いと粘り強い挑戦
六車日那乃プロは、高校時代の山崎泰宏ドラコンプロを経て、現在は辻村明志(つじむら・はるゆき)氏をコーチとしています。
辻村明志コーチとの出会いと指導
辻村明志コーチは、故・江連忠氏からゴルフ指導法を学び、さらに「世界のホームラン王」王貞治氏を育てた故・荒川博氏にも師事し、その指導哲学をゴルフに取り入れています。この異分野からの学びは、ゴルフ指導に深みを与えています。
「チーム辻村」として上田桃子プロ、吉田優利プロ、松森彩夏プロといったトッププロをサポートし、数々の勝利に貢献するほか、プロテスト合格を目指すアマチュア選手の育成にも力を入れています。(出典:BUZZ GOLFなど)
六車日那乃プロは、2回目のJLPGAプロテストに敗退した後、辻村コーチの門を叩きました。
辻村コーチからは最初に「3年は我慢」と伝えられたといいます。
高い実力と自信を持っていた六車プロにとって、この言葉は非常に重く、同時にプロとして覚悟を決めるための重要なメッセージだったとされています。
諦めない挑戦:肉体改造と精神的成長
覚悟を決めた六車日那乃プロは、自宅の埼玉から辻村コーチのいる千葉県船橋市に引っ越し、毎朝6時からの打ち込み練習を開始しました。
そうして迎えた2022年のプロテストでは、わずか1打及ばず不合格という悔しい結果に終わりました。
2023年には肉体改造に取り組み、毎日3〜4時間の全身を使ったトレーニングを敢行。
父親の亮介さんの協力も得て、身体が2回りほど大きくなったといいます。
2023年のプロテストも残念な結果に終わりましたが、本人には確かな手応えがあったと報じられています。
そして、迎えた2024年のプロテスト。
この年、彼女は5度目の挑戦で「人に頼らなくなったところ。自分のことなのに人に頼ったりしていた部分があったので」と、自立への意識が変化したことを振り返っています。
これは辻村コーチの「トレーニングしたら体は筋肉痛になる。たくさん考えたら頭が痛くなる。これは頭のトレーニングで頭が筋肉痛を起こしているから。だから考えるのをやめるな」という指導が実を結んだ結果でもありました。(出典:Yahooニュースなど)
2024年7月のステップ・アップ・ツアー「あおもりレディース」で2位、10月の「スタンレーレディスホンダ」では最終日「69」で回り14位タイでベストアマを獲得するなど、調子を上げていきました。
そして、この年、5度目の挑戦でJLPGAプロテストに晴れて合格したのです。
目標とするプロは「チーム辻村」で共に指導を受けた上田桃子プロで、そのストイックさに良い影響を受けたことを語っています。
六車日那乃のスポンサー
六車日那乃プロは、複数の企業からサポートを受けながらツアーに参戦しています。
スポンサー契約は変更されることもあるため、最新情報は本人や各企業の公式発表をご確認ください。
rankoの目線
六車日那乃プロを見ていて一番印象に残るのは、何度プロテストで悔しい思いをしても、諦めずに挑戦を続けたところです。
5度目の挑戦でようやく合格をつかんだという経歴を見ると、もともとの実力だけでなく、気持ちの強さも大きな武器なのだと思います。
また、父親をはじめとする家族の支えや、辻村明志コーチとの出会いも、現在の成長につながっているのでしょう。
2026年はツアーでも上位に顔を出す機会が増えてきました。
これまで積み重ねてきた経験が、少しずつ結果につながっているように感じます。
これから初優勝をつかむ日が来るのか、注目して見ていきたい選手です。
六車日那乃のまとめ
注目ルーキーの六車日那乃プロは、その確かな実力と、家族、恩師、そしてスポンサー企業との強い絆に支えられ、ゴルフキャリアを築いてきました。
- 2002年4月23日生まれ、埼玉県さいたま市出身。
- 出身校は中高一貫の麗澤中学校・高等学校で、学業・ゴルフ両面で優秀な特待生として学びました。
- 父親の六車亮介さんによる厳格ながら愛情深い指導が、彼女のゴルフの土台を築きました。
- 2歳年上の姉、ゆきのさんとは幼少期から習い事を共にし、現在も親友のように仲が良い関係です。
- プロテストは5度目の挑戦で合格。2度の不合格を経験した後、辻村明志コーチの門を叩き、肉体改造や精神的な成長を経て夢を掴みました。
- アマチュア時代からニトリをはじめとする複数の企業とスポンサー契約を結んでおり、そのポテンシャルは早くから高く評価されていました。
2025年シーズン、プロとしての実力を遺憾なく発揮した六車プロ。
ステップアップツアーでは計14試合に出場し、2位が2回と優勝まであと一歩に迫る勝負強さを見せました。
また、レギュラーツアーにも11回出場し、トッププロが集う厳しい環境下で確かな経験を積んでいます。
特に注目すべきは、次シーズンの出場権を懸けたQT(予選会)の結果です。
QTランキング9位という上位に食い込んだことで、2026年前半戦のレギュラーツアー出場権は確約されています。
プロ2年目となる今期、いよいよ初優勝の期待が現実味を帯びてきています。
「努力は裏切らない」ということをその背中で証明し続ける彼女が、表彰台の真ん中で最高の笑顔を見せてくれる日は、もうすぐそこまで来ています。
皆さんもぜひ、六車プロの新しい章を一緒に熱く応援していきましょう!




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