青木香奈子の転機:高校時代からプロテスト合格を支えた支援者の存在とは

女子プロゴルファー、出身が気になる 出身が気になる

優れたビジュアルと実力で、今、ゴルフ界で注目を集めるルーキー、青木香奈子あおき・かなこ)プロ

ファンやキャディからもその人柄が評価され、人気が急上昇しています。

今回は、青木プロの出身高校や、プロテスト合格に至るまでの道のり、そして彼女のキャリアを支えたある支援者の存在について詳しくご紹介します。

青木香奈子の高校はどこ?

青木香奈子プロは、宮崎日本大学高等学校の出身です。

宮崎県内では、日章学園高等学校と並んでゴルフ部の強豪校として知られています。

宮崎日大は学業にも力を入れている学校であり、青木プロも「勉強も好きで頑張っていました」と語るほど、学業とゴルフを両立させていました。

中学時代は部活動でバレーボールに打ち込み、放課後に週2回ゴルフのレッスンを受けていたそうです。

中学時代はプロゴルファーになるという明確な目標は持っていなかったようですが、ゴルフ以外のスポーツを経験したことは、全身の筋肉を使ったバランスの良い身体作りに繋がったと考えられます。

高校からはゴルフ一本に集中し、ゴルフ部で本格的に腕を磨きました。

青木プロは2000年生まれのプラチナ世代の一人です。

この世代には、現在ツアーで活躍している古江彩佳プロ西村優菜プロ吉田優利プロ安田祐香プロなど、名だたるプロゴルファーが名を連ねています。

青木プロは彼女たちを「雲の上の存在だった」と表現しており、高校当時からその実力で名を馳せていたプラチナ世代のレベルの高さが伺えます。

このようなハイレベルな環境で、切磋琢磨しながらゴルフに打ち込んでいたことが分かります。

また、同じ宮崎日本大学高等学校の出身者には、脇元華プロがいます。

脇元華プロに関する詳細記事は、こちらをご覧ください。

青木香奈子のプロテストへの道のりは?ある経営者からの支援と提案が転機になった⁈

高校卒業後、青木香奈子プロは宮崎の名門フェニックスカントリークラブキャディとして働きながら研修生としてゴルフを続けていました。

プロテストには何度も挑戦しましたが、1回目は剥離骨折の影響もあり、実力不足を痛感する結果に終わりました。

4回目の挑戦では「これで最後」と決意して臨んだものの、1次予選で不通過となり、両親にもゴルフをやめる意向を伝えたといいます。

しかし、ゴルフ自体は諦めず、キャディの仕事は続けていました。

そんな時、フェニックスカントリークラブの男性会員から、青木プロの人生を大きく変える提案がありました。

「続けなきゃダメだ。宮崎にずっといるから力が出せないんだよ

。関東に行けば、試合の機会はたくさんある。

そのための必要経費は出してあげるから、絶対に続けなさい。

レッスンでJLPGA(日本女子プロゴルフ協会)の会員になる道も考えなさい」(引用元:THE ANSWER)

この男性は東京で会社を経営しており、ゴルフの道を諦めかけていた青木プロを立ち直らせるため、純粋な善意で支援を申し出てくれたのです。

この経営者は青木プロのポテンシャルを見抜いていたとされ、その出会いは青木プロにとって大きな転機となりました。

支援を受け、実戦経験を積むべく様々な試合に出始めた青木プロは、5度目のプロテストで2次予選は不通過だったものの、確かな手ごたえを感じ、宮崎を離れて東京での生活を決断します。

男性は経費面の援助にとどまらず、プロテスト合格を目指す選手が集うマイナビネクストヒロインツアーへの参戦のきっかけも作ってくれました。

青木プロ自身も、

2023年11月から本格的に始めたInstagramでフォロワーを順調に増やし、ゴルフ番組や様々な試合、プロアマ大会からの出場オファーが届くようになり、東京での一人暮らしに十分な賞金を得るまでになりました。(引用元:THE ANSWER)

【マイナビネクストヒロインツアー出場選手決定方法】

  • 前回大会上位者
  • マイナビポイントランク上位枠
  • 公式サイトファン投票上位者
  • スポンサー推薦5名
  • 主催者推薦

青木プロのInstagramのフォロワー数は10万人を超えており、これはプロゴルファーの中でも非常に多い部類に入ります。

プロになったばかりの選手としては異例の数字と言えるでしょう。

2024年にはプロアマ大会の収入や試合の賞金で約1,500万円もの収入があったと報じられています。

そして、2024年10月には「マイナビネクストヒロインツアー」で初優勝を飾り、着実に結果を出すことで、万全の状態でプロテストに臨みました。

6度目のプロテストで見事合格を果たした青木プロ。

この恩人である経営者は、彼女の合格を心から喜んだとされています。

その先見性は特筆すべきものであり、青木プロが「お礼をさせてほしい」と申し出ても「欲しいものは何もないから」と会社のPRすら行わず、一切の見返りを求めなかったというエピソードは、まさに「あしながおじさん」のような実話として、多くの人々に感銘を与えています。

青木プロにとって、今後の活躍こそが最大の恩返しとなることでしょう。

青木香奈子のまとめ

今回は、注目ルーキーである青木香奈子プロのゴルフキャリアと、プロテスト合格までの道のりを詳しくご紹介しました。

  • 高校は宮崎日本大学高等学校出身で、学業とゴルフを両立。
    中学時代はバレーボール部に所属し、高校からゴルフに専念した。
  • 高校卒業後はフェニックスカントリークラブでキャディ兼研修生として活動。
  • プロテストに度々挑戦する中で、一度はゴルフを諦めかけたが、ある経営者からの無償の支援と提案が転機となった。
  • その支援を受け、宮崎から東京に拠点を移し、実戦経験を積む。
  • Instagramのフォロワーは10万人を超え、2024年10月には**「マイナビネクストヒロインツアー」で初優勝**を飾る。
  • そして、2024年11月、6度目の挑戦で念願のJLPGAプロテストに合格した。

幾多の苦難を乗り越え、実力と運、そして何よりも人との出会いを味方につけ、プロへの道を切り開いた青木香奈子プロ。

そのひたむきな努力と、彼女を支えた「あしながおじさん」のような支援者の存在は、多くの人々に勇気を与えることでしょう。

今後、さらなる活躍が期待される笑顔の素敵な青木香奈子プロを、ぜひ一緒に応援していきましょう!

 

 

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