桑木志帆:プロフィール・プレースタイル・成長の軌跡を徹底解説

女子プロゴルファー

2024年に3勝を挙げ、女子ゴルフ界を代表する存在となった桑木志帆くわき・しほ)プロ。
その力強いプレーと安定感のあるゴルフは、多くのファンを魅了しています。
ここまで成長してきた背景には、日々の努力はもちろん、周囲の温かい支えがありました。
本記事では、桑木プロの歩みを支えてきた環境や、地元とのつながりに焦点を当てながら、彼女の魅力をより深く紹介していきます。

桑木 志帆(くわき しほ)プロフィール

項目 内容
生年月日 2003年1月29日
出身地 岡山県岡山市
出身校 岡山市立岡山後楽館中学校
岡山理科大学附属高等学校
プロ転向 2021年6月(一発合格)

🏆 主な戦績

  • 2021年:新人戦加賀電子カップ 優勝
  • 2024年:資生堂レディス 優勝
  • 2024年:ニトリレディス 優勝
  • 2024年:JLPGAツアー選手権リコーカップ 優勝

桑木志帆を支える家族の絆と地元愛

ゴルフ好きの父親の献身的なサポート

桑木志帆プロのゴルフ人生は、父親の影響で4歳から始まりました

ゴルフ好きの父親と練習場に通い始めたのがきっかけで、幼い頃から娘のゴルフセンスは周囲からも注目を集め、「プロを目指してみてはどうか」という声が上がるようになったといいます。

父親は自身が大ファンである宮里藍プロのスイングを参考に指導しました。

経済的に裕福ではなかった桑木家ですが、練習場の常連客から道具の支援を受けたり、地元のゴルフ場が安価でのラウンドを許可してくれたり、地元企業からの応援も大きかったそうです。

特に、RSK山陽放送の社長は、高校時代から桑木プロに注目し、「次は桑木志帆がくる」と語るほどでした。

桑木プロの父親は、**「娘は社長にとてもかわいがっていただきました。

ラウンドをご一緒した際も、地元企業の方々を紹介していただいたことで、プロテストに合格してすぐにたくさんのスポンサーが付きました。

ツアーで使う移動の車も用意してもらっています。

社長が『桑木をよろしく頼む』と言っていただいていたお陰です」**と語っています(引用元:THE ANSWER)。

社長は桑木プロのプロテスト合格を見届ける前に他界されましたが、その多大な支援は桑木プロのキャリア形成に不可欠でした。

プロになってからも、父親は娘の試合に同行し、18ホールを共に歩き、スコアを記録。

手描きのコースマップにショットの記録を記したノートは100冊以上にも及びます。

これはもはや「仕事」とも言える献身的なサポートです。

堅実な母の転身と支え

桑木志帆プロの母親は非常に堅実な性格で、桑木プロと夫が「プロを目指す」と言い出した当初は、「プロなんて、夢みたいなことだ」と反対していたといいます。

安定した生活を望む堅実な母親だったが、娘の熱意を認めるのです。

しかし、娘が一生懸命に練習に打ち込み、試合で優勝を重ねる姿を間近で見るうちに、その熱意と才能を認め、心から応援するようになったそうです。

2024年には念願のプロ初優勝を含む3勝を挙げた桑木志帆プロ。

かつて安定した道を勧めた母親も、今では娘の最大の理解者であり、応援団長としてその活躍を温かく見守っています。

桑木志帆を支える専門家のサポート

桑木志帆プロの活躍の裏には、技術面・フィジカル面を支える専門家の存在があります。

スイング面では、長年女子ゴルフを研究してきたコーチが技術的なアドバイスを行い、
桑木プロの持ち味である安定したショットをさらに磨き上げています。

また、フィジカルトレーニングでは、プロゴルファーのサポート経験が豊富なトレーナーが、
ケガ予防と体づくりの面から年間を通してサポート。

試合に向けたコンディション調整にも大きく貢献しています。

桑木プロ自身も、
「専門的なサポートが成績につながっている」と語っており、チームとしての連携が2024年の3勝を支えたと言えるでしょう。

2025年は、残念ながら優勝はありませんでしたがトップ10回数は15回でメルセデスランキングも9位とその存在感を知らしめています。(数値はJLPGAホームページより)

試合を観戦していても、トレーニングの効果なのか身体がとても滑らかになっているように感じました。

桑木志帆の学歴:地元岡山で培われた才能と人間性

桑木プロの学歴は、彼女の人間性とゴルフに対する情熱を形成する上で重要な役割を果たしてきました。

中学、高校、そして大学と、地元岡山県の学校で学び、成長を遂げています。

岡山後楽館中学校と岡山理科大学付属高等学校での活躍

桑木志帆プロは、岡山市立岡山後楽館中学校を卒業しています。

この学校は公立でありながら、日本で最初にできた中高一貫校です。

その後、高校は私立の岡山理科大学付属高等学校に進学しました。これは、ゴルフに専念するための選択だったと考えられます。

岡山理科大学付属高等学校は、渋野日向子プロを輩出した作陽学園高等学校と同様に、岡山県内でもゴルフの強豪校として知られています。

桑木プロは高校でゴルフ部の主将を務め、高校3年生の時にはJLPGAプロテストに一発合格を果たしました。

プロと学業の両立:倉敷芸術科学大学での学び

プロテスト合格後、桑木プロは倉敷芸術科学大学の健康科学科に進学しました。

ツアープロとして多忙な日々を送りながらも大学にも進学するそのバイタリティには目を見張るものがあります。

2020年のプロテストが新型コロナウイルスの影響で2021年6月に延期になったことで、大学進学を決意したそうです。

健康科学科を専攻した理由について、桑木プロは「体育の教員免許がほしくて」と語っています。

「体を動かすのも体育が好きだったのもあるのですが、中学生の時の体育の先生がすごく好きで憧れていました。

また、高校3年間は担任の先生が体育の先生で熱血な方でした」(ALBA GOLF より)

と、中学・高校時代の先生との出会いが、彼女の将来の夢に大きな影響を与えたことが伺えます。

もしかしたら、桑木プロは熱血な体育教師になっていたかもしれません。

小学校から大学まで岡山県の学校で学んだ桑木プロは、地元岡山県民から絶大な人気を誇っています。

彼女の活躍は、地元の人々にとって大きな誇りとなっていることでしょう。

桑木志帆のまとめ

  • 家族の支え:
    • 父親の献身的な指導とサポート(4歳からのゴルフ、100冊以上の手描きノート)。
    • 母親の当初の安定志向から一転、最大の理解者・応援者へ。
  • 地元からの温かい支援:
    • 経済的に恵まれない中、練習場の常連客や地元ゴルフ場からの道具・練習環境の提供。
    • RSK山陽放送の社長からの多大な支援(スポンサー紹介、移動車両など)。
  • 強力な指導陣:
    • コーチ:桑木プロの才能を見抜き、仕事を兼務しながら指導。
    • トレーナー:トッププロゴルファーを歴任したトレーナーがフィジカル面を支え、怪我の予防とパフォーマンス向上に貢献。
  • 学歴と人間性:
    • 小・中・高・大と一貫して岡山県の学校で学ぶ(岡山後楽館中、岡山理科大学付属高、倉敷芸術科学大学)。
    • 高校でゴルフ部主将を務め、高校3年でプロテスト合格。
    • 多忙なプロ生活と並行して大学(健康科学科)に進学し、体育教員免許取得を目指すなど、多才で人間性豊かな側面を持つ。
      桑木志帆プロは、類まれなゴルフの才能に加え、家族の深い愛情、周囲の温かい支援、そして専門的な指導陣に恵まれてきました。
      地元岡山で培われた人間性と、ひたむきにゴルフに向き合う姿勢が、彼女をプロゴルファーとしての成功へと導いたのです。
      今後のさらなる飛躍が期待される桑木プロから目が離せません。
      あなたも、一緒に桑木志帆プロを応援していきましょう。

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